仲町(なかまち)
人 形神武天皇(じんむてんのう)
・初代天皇で「古事記」や「日本書紀」によれば、日向高千穂から東征に出発、瀬戸内海を経て東進し、紀伊半島から吉野を経て、大和(奈良県)に入り、橿原宮で即位し前585年に127歳で没したと伝えられているが、現在では存在そのものが疑われている。
作 者原舟月
製造年明治35年 →明治5年
お囃子大麻、篭丸、屋台囃子、ヒョットコ囃子、通り囃子
検 証【昭和54年頃の市観光パンフレット】に記載されている解説
・人形の作者:四代目原舟月 →四代目はいないので、三代目の作である。
・製作年代不詳であるが、日清戦争凱旋祝いの際、人形関羽を敵国人であるので、神武天皇に変えたという。
見送り幕:三種の神器、図案:四幡紫玉
彫刻:大里郡玉井村 小林 某
塗師:本庄町本町 五井 某
棟梁:本庄町仲町 栗野清吉
【別サイトでの情報】
明治5年製作。本庄市最古の山車。山車請負並びに人形師は原舟月。明治25年山車改造と人形新調。新調前の人形は「龍女人形」70円で下取り。
【七軒町の祭り関係者からのメール】
確か仲町の山車の製作年は明治35年ではなく、明治5年だったと思います。
人形師「原舟月」三代の記 絵守すみよし 著 によれば、三代目原舟月の作。明治5年(1872年)に三代目原舟月が山車を請負い、籠女人形山車を製作したが、祭りで曳き廻されているうちに、人形が電線に触れ落下してしまったため、明治24年(1891年)に再び三代目に依頼し、人形を神武天皇に改め、山車も改造したという。作人札「法橋 原舟月作」。仲町には明治5年に、山車を建造するにあたって、原舟月と取り交した書類「籠女人形出シ印仕様帳」と、明治24年に再び舟月と取り交した、「山車人形製作并ニ山車繕修契約證書正式謄本」が残されている。
【平成17年江戸天下祭の読売新聞PR版】に記載されている解説
・明治5年(1872)三代目原舟月により製作。囃子座が欄間形式で車輪が四つ車であったが、その後の改造により当初の姿はまったく失われている。囃子台は唐破風に、車輪は前輪馬車式に改造し、欄間彫刻などが加えられている。
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江戸天下祭 江戸天下祭にて

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